19回     2008.JUNE.05     金子信造

 前回剣の理ということが出ていたが、要点のみを摘記しておこう、とはいえ言うべきことは多く、又、順を追って述べぬと分からない、数回に亘って記す予定となる。

  剣というと、柄の握り方、刀の振り方などから説明があって稽古もそこから通常始められるが、どの武道でも、有段者だからといって、武道に無縁の人々の日常動作と身法に質的違いがない事が多く、剣に於いても日常動作そのままで、刀を振り回しても、理にかなった動きとはならない。

 まずは、身法について理解しないまま、外見だけ達人の真似をしていても、道に至るには迂遠なことだろう。

 

1.協調構造としての身体

 軽いと思っていた物が意外に重かったり、その逆でも物を持とうとして思わずよろけるとか、平らな床を歩いていて、段差に気づかず、踏んだ床が、ほんの数センチ低いばっかりにつんのめって転んだりということがある。手を上げるにも、足を踏むにも重力に対し体全体が協調してはたらいている。上のように思いがけないことでもないと、普段これを意識しないで、物を持つには手だけ上げ下げしてるように思っている。

 関節を動かす時、動かそうとする方向に働く筋を主導筋という、それに対抗する筋を拮抗筋とよび、運動はこの二つの筋群が協調して働く事で実現される、そしてある筋肉はいつも主導筋として、ある筋肉は拮抗筋として働くというように固定しているわけではない。(伸筋、屈筋の別ではない、課題処理に対する働きの別である)このことが動物の運動を、機械の運動(きまりきった反復的運動)とは違う、課題に柔軟に対応するものにしている。

 

2.日常動作の質的転換

 左官の壁塗りの鏝使いを、腕の筋肉を力の発動原にしていたら長続きしないし、器用にも塗れない。書道の筆遣いその他あらゆる技芸で腕や手の筋肉を発動源としてでなく情報伝達路として使えるようにする事が、その道の上達につながる。手、腕は大地に身体を支えることから開放されて器用に使う事を用途として、文化、文明を開いてきた。      

対象がどのようであるかを知覚し、どのように力を加えたいかを対象に伝え返す。この情報の相互作用が人間の技の源である。

 第4回で述べたように、力の発動源は腰椎につながる大腰筋(なかでも腸腰筋)である。力の発動源であるばかりでなく、この収縮に各骨格筋が協調し、大腰筋がそれぞれの収縮をコントロールする主導筋であることが知られている。たとえば腕や手が対象に情報(含筋力)を伝えるのが腸腰筋との協調によるのであれば、より微細で的確な力を伝える。(腕や手の筋肉は力の発動源ではなく、情報伝達路として力を出す。(筋肉は使えば発達し太くなる、力んだ使い方はなくなっても、使えば腕は太くなる。)大腰筋を中心とした身体動作ができるようにすることが武道的身体作りの眼目である。

 例えば、立つと言う姿勢についていえば、身体の中心軸を、天頂と地軸を結ぶ線に沿って真っ直ぐに立ち、全ての重力は、骨にまかせて、筋肉はバランスの微調整のために出す最小の力で立つ、無駄な力を削りに削ったとき、脊椎に結ぶ腸腰筋からの力が、素直に身体全体の筋肉を協調させ、呼吸力となる。無駄な力をそぎ取る意識的な運動法の工夫の積み重ねが、協調構造の質を変え、これまでの日常動作にかえて、意識しないでも無駄のない動き、新たな協調構造が生み出される。

次回へ続く

 

実技演習

正面打ち各種


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