30回  2009July02.     金子信造

C拇指球神話からの解放━筋力移動から重力移動へ

a.       自然体で立つ

足を肩幅に、正面から見て、鼻と臍とを結ぶ線に身体の中心軸を合わせて立つ、中心軸感覚を得るに、両腕で両耳を挟んで頭上に挙げ伸ばし合掌、天頂から紐で手が引っ張られているイメージで踵は地につけて立つ、つま先は外に開いて踏ん張らない、これで真っすぐな線を意識する。腕を下ろし、肩の力を抜き、全身ゆるやかに立つ。これを真横から見たとき、耳の後ろとくるぶしを結ぶ直線が中心を通っていることを確認する。

つま先が真っ直ぐに平行であったり、内股であると前後左右に不安定であることを、二人組になって互いに交代でジワッと押して確かめるとよい。足と膝の外向、つまり股関節を外旋し、踵を地につけるのが自然で合理的な立ち方である。これは足を開いても同様であり、とくに前からの押しに対し、つま先(あるいは拇指球)に力を入れて(腿の前側の大腿四等筋で)対向するのと、踵を地に付けて腿の後ろ側の筋肉群(大腿裏筋群=ハムストリングス)を意識して対向するのとの安定の差を、互いに確かめ合い、体で納得しておく必要がある。

また前回、椅子につま先を前にして腰かけた場合、体を前傾させてからでないと立てないことを言ったが、床几を跨いでつま先を外に向けて腰を下ろした場合は、そのまま立てる。戦国の武将が、床几に跨っていたのは、その場ですぐ立ち動けるためであった。

b.       重力移動

 自然体で立ち、体幹を前に倒れこむ。踵は地につけておく、腰が引けたり、腹が出たりせず、膝を抜く、膝を抜くというのは姿勢反射で脚の前側の大腿四等筋などが前に倒れかかる身体を支えているのを外すということで、膝を曲げるというのではなく、ただ力を抜くだけである。体全体が丸太が倒れるように、倒れこむ。筋紡錘の働きで、随意運動の反射化が左右いづれかの脚を前に振り出させ、身体を支える。地上紙一枚上を滑る感じで、つま先から踵が地にのるように足を進める。着地は体幹の中心軸と脚の中心軸が一直線になる瞬間である。

 自然体で立ち、拇指球の力で地を押すと,身体は後傾方向に押し出される、蹴り進みは無駄な力を使うという以上に、主観的には前に進もうとしながら、体を後ろに押しやってから動くという不合理な動きである。更に拇指球で地を押すことで、体を押し上げるから、腰も頭も押されるたびに上下する。重力移動では、つねに踵から前に倒れるだけで、上下動はない。頭を上下させないために膝の屈伸を使うのは見た目を取り繕うだけで無意味で技への道をふさぐ有害な動きである。

 踵を地につけて、倒れこむだけという動きは、予備行動なしであるから、あたりに動きの気配を出すことのない動きである。

 哺乳類のロコモーションについては第20回その他で言及しているから、ここでの要点だけを述べる。四つ足で前進する場合、たとえば左の前肢で地を引き寄せれば、右の後肢が前に倒れ後ろへ延ばされる。ヒトでは前肢は手である。脊椎と腸腰筋の生み出す力は、上半身では胸椎から胸鎖関節を通して、肩甲骨を動かし手(腕)が動く。四つ這いで地を引き寄せる動きは、立った場合は肩甲骨を後ろへ引く動きとなる。踵をつけて前に倒れかかる、例えば左脚が軸足で、左踵から前に倒れれば右脚が前に出るとき、まず左肩甲骨が後ろへ引かれ、右脚が振り出される。重力移動前進は、体幹の肩甲骨と股関節の協調運動からはじまる、足から動くのではない。引き続いて右肩甲骨が引かれ左脚が振り出されるというように連続すれば、連続した前進運動となる。

 後退は後ろへの倒れかかりに、左右いずれかの脚が反射運動で後ろへ振り出され踵から着地して支える。左踵から後へ倒れ、右脚が後ろへ振り出されるのならば左肩甲骨が後ろにひかれ(右肩甲骨が前に出ると感じる人が多いようであるが、同じことである)、右股関節が後ろへ引かれる。右、左と連続すれば、連続後退運動となる。

 動物は、前進運動をするものとも、定義できるように、後退は可能ではあるが臨時のものである。長距離の後退は考える用はない。

 段差のある階段を昇るには、左右いずれかの脚をハムストリングスで支え、大腰筋で(大腿四等筋ではなく)支持脚の反対の脚を引き上げ、その脚の踵を地につけ、ハムストリングスを意識して重心を脚上に乗せてゆく。体幹部の中心軸を前や後ろに傾けず、前への倒れかかる力が上に伸びてゆく感じで、乗ってゆく。肩甲骨、股関節の連動は前進運動同様である。階段下り、急斜面下りでは拇指球を使い、大腿四等筋でストップをかけ安定させるが、ここでは省略する。

 踵を地につけ、ハムストリングスで支え立ち、動きでダッシュするときは、直にハムストリングスでダッシュする。

 直立二本足立では、多くの筋肉が働くのであるが、大まかに言えば大腿四等筋を固めて筋力で立つのではなく、骨を積み上げて、骨からぶら下がっている腸腰筋、ハムストリングスで絶えず揺れ、崩れようとする姿勢を微調整して立ち、動きにはその力を、重力と共に働かせるのである。

 回転、転換も中心軸で回るには、脛骨の真下(踵)を地につけて使う、基本は上記の前進、後退、挙脚であるが、螺旋運動は合気道の全ての技を生かす土台といえる。

 円運動、螺旋運動については、二代植芝吉祥丸道主の著された、「合気道」、「合気道技法」、「合気道教本」その他で技法の解説に運足図が付されている、これをよく吟味して体で理解する。ここで一般論を述べても、あまり参考になると思えない、それぞれの技の中で体現できるよう修行しよう、気づいていることは実技の中で示したり、述べたりしたい。剣や杖での肩甲骨と股関節の協調運動は、徒手では気づきにくいことを正してくれる指標となる、運足にも良い稽古法といえる。とかく手(腕)の動きにとらわれ運足(脚)の動きが無造作になりがちに見える。ヒトの動きは運足の動きが元である。

 

実技演習    片手取り各種                     了

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